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しおじのブログ

渋谷のベンチャーで経営企画担当 → マニラで人事(みたいなこと)

「英語は通じればいい」は中級者まで

かなり久々に英語の話。

 

最近、周囲に英語の「発音・語彙・ライティング」を特訓したいと話している。

 

なぜかというと、「もっと洗練された英語」を使えるようになりたいと思っているから。

 

もう少し言うと、「日本人だらか英語ができなくても仕方ないよね」とか、「日本人だから英語が変でも理解してあげよう」とかいうことを無くしたいから。

 

具体的には、「伝わればよい」ということではなく、「状況に合わせた適切かつきちんと伝わる英語」です。

 

そのためには、自分の場合このあたりを課題としてとらえている。

 

■スピーキング
・語彙量を増やす
 ・目的語を飛ばしてしまう癖があるのでそれを無くす
 ・アクセントが平坦になりがちなので注意する。
 ・過去形のうち、不規則動詞がたまに飛んでしまうので身に付ける。
 ・丁寧な表現を自然と使えるようにする。

 

■ライティング
 ・typoを減らす
 ・冠詞を抜いてしまうケースがあるので、適切に使う。
 ・違う言い回しで同じことを言えるようにする。
 ・日本人が使いがちな表現を意識的に避ける

 

■リーディング / リスニング
 ・語彙を増やす(不明な表現で詰まらないようにする)
 ・読むスピードを1.3倍くらいにしたい。
 ・リスニングの場合、相手が話していることをきちんとリフレーズして確認できるようにしたい。

 

思うに、「伝わればよい」というのはある一定程度までの話かと。

 

「伝わればよい」は正しいと思うけど、完璧な英語を話そうとして止まってしまうよりもまずは話してみようということであって、完璧な英語を目指さなくてよいわけではない。

 

そのままずっといってしまうと、「なんとなく話せるっぽいけど、なんかおかしい」のまま伸びない。でも、相手の方が気を使ってくれるからなんか通じたような感じになる。

 

聞かざるを得ないから仕方がなく聞いてはくれるものの、相手に理解させようという負担をかけてしまっている。しかし、本人は相手が理解しているから気にかけない。「自分は英語ができる」と思ってしまう。

 

この状況、結構危険。

 

日本語だって、言葉の使い方一つで信頼されたり、大丈夫かな?って思われたりする。なのに英語になれば、「通じればよい」になるのは個人的には変だなと思っている。

 

よって、中級者になるまでは「通じればよい」でいいと思うけど、その先は自覚して表現を増やす工夫をしたり、引き出しを増やしていかないといけない。

 

そして、実はそういうことをきちんと教えてくれる人ってあまりいないんですよね~。